大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)183号 判決

控訴人(反訴原告、以下控訴人と称する) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 松田英雄

同 丸尾芳郎

同 森義久

同 葛井久雄

被控訴人(反訴被告、以下被控訴人と称する) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 松枝述良

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の反訴(立替金請求)を却下する。

被控訴人は控訴人に対し離婚に伴う財産分与として金八〇万円を支払え。

被控訴人のその余の予備的反訴を棄却する。

訴訟費用中控訴にかかる分は控訴人の負担とし、反訴(予備的反訴を含む)にかかる分はこれを四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、反訴請求として「一、被控訴人は控訴人に対し金八三万三五六円およびこれに対する昭和四五年四月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。二、被控訴人は控訴人に対し昭和四五年四月一日から同五二年九月末日まで毎月末日限り一ヶ月金七、七九六円の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決および第一項につき仮執行の宣言を求め、予備的反訴として「一、被控訴人は控訴人に対し金一〇〇万円を分与する。二、被控訴人は控訴人に対し右金額を含めて金三〇〇万円を支払え。三、訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は控訴棄却の判決を求め、反訴および予備的反訴につき、本案前の抗弁として、控訴人の反訴並びに予備的反訴請求は却下するとの判決を求め、本案に対する答弁として、「控訴人の反訴並びに予備的反訴請求は棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および認否は、左記のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人の陳述

一、控訴人と被控訴人との婚姻生活を破綻させたのは被控訴人である。すなわち、被控訴人は昭和三一年一一月六日控訴人と婚姻以来被控訴人の父や弟妹と同居していたのであるから、妻である控訴人に対しては日頃格別の配慮と庇護を怠ってはならないにも拘らずこれをなさず、又その後昭和三八年二月に至り控訴人および被控訴人夫婦が長男一郎と共に被控訴人の父や弟妹らと別居して漸く夫婦親子水入らずの生活ができるようになったにも拘らず、同年一〇月突然控訴人の理解を得ることなく自らこれを抛棄して実家に帰り控訴人および一郎と別居し、遂には愛知県に転住するに至ったもので、かように被控訴人は控訴人との婚姻関係を自ら破綻させるに至ったのである。

二、控訴人は右のように被控訴人と別居以来今日まで長男一郎を自らの手で養育扶養してきたが、その間被控訴人は昭和三九年四月頃以降七回に亘り金五、〇〇〇円宛合計三万五、〇〇〇円を控訴人に送金してきただけであって、一郎の父親としての養育の義務を全く尽していない。控訴人の家計簿によれば、昭和三九年一月から同四四年六月までの六六ヶ月間の一郎の養育費は合計金一〇二万九、一三〇円であったからその一ヶ月の平均は金一万五、五九二円となる。ところで、昭和三五年四月以降同四五年三月までのうち控訴人が被控訴人および一郎と同居生活をした昭和三八年二月から一〇月までの九ヶ月を差引いた一一一ヶ月間に要した一郎の養育費は合計金一七三万七一二円であるので、被控訴人が本来負担すべき養育費はその二分の一の金八六万五、三五六円となり、これから前記控訴人に送金された金三万五、〇〇〇円を差引いた金八三万三五六円は控訴人が立替えたこととなるのである。そこで、被控訴人は控訴人に対し一郎の養育費の立替金である右金八三万三五六円およびこれに対する本件反訴状が被控訴人に送達された日の翌日である昭和四五年四月一四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものである。

又控訴人は一郎が成年に達する昭和五二年一〇月二六日まで従来と同様一郎を自らの手で養育しなければならないのであるから、その間被控訴人の負担すべき一郎の養育費をこれまでと同様に立替支払いする外ないのであり、従って、被控訴人は控訴人に対し昭和四五年四月以降同五二年九月末日まで毎月末日限り一ヶ月金七、七九六円(前記金一万五、五九二円の半額である)の割合による金員を支払う義務があるものといわねばならない。

よって、控訴人は反訴として被控訴人に対し右各金員の支払を請求するものである。

三、控訴人と被控訴人との婚姻生活を破綻に導いたのは被控訴人であり、従って被控訴人の本訴離婚請求は理由のないこと前記のとおりであるが、仮に控訴人と被控訴人とが離婚することが止むを得ないものとすれば、控訴人は被控訴人との同居生活が僅か二年にも満たないものとはいえ、その間誠心誠意被控訴人に尽くし又困難な状況の中で一郎を自らの手一つで養育してきて、被控訴人との離婚により甚大な精神的苦痛を蒙るものであるから、被控訴人は控訴人に対し離婚に伴う財産分与として金一〇〇万円、慰藉料として金二〇〇万円を支払う義務がある。

そこで、控訴人は予備的反訴として被控訴人に対し右各金員の支払を求めるものである。

被控訴代理人の陳述

一、控訴人と被控訴人との婚姻生活を破綻させたのは控訴人であって、被控訴人ではない。

二、控訴人の反訴および予備的反訴には異議がある。又控訴人の反訴は、本訴の原因たる事実により生じたものでなく、その上一郎の養育費用ないし扶養料の立替金請求というのはその実質が婚姻費用の分担を請求するものであり、それは家庭裁判所の専属管轄に属するところであって、現に控訴人は婚姻費用の分担を京都家庭裁判所に申立て同裁判所昭和四一年(家)第二三四一号事件として係属中である。よって、反訴並びに予備的反訴はいずれも却下を求めるものである。

三、控訴人が被控訴人と別居以来長男一郎を養育していることは認めるが、その養育費が控訴人主張のとおりであることは争う。

四、控訴人が被控訴人に対し財産分与および慰藉料請求権を有することは争う。

証拠関係≪省略≫

理由

一、当裁判所の審理判断によっても、被控訴人の控訴人に対する離婚請求は正当として認容すべきものと考える。その理由は「控訴人が当審において提出援用する全証拠によっても前(原判決の)認定を覆すに足りない」と附加するほか、原判決が理由中に説示しているところと同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決七枚目表五行目に「性格の不一致にあたり又互に」とあるのを「性格的な不調和に加えて互に円満な夫婦共同生活を築く努力に欠けた結果現在においては」と訂正する)。

二、被控訴人は控訴人の反訴および予備的反訴には異議があり、それらの却下を求める旨主張するので検討する。控訴人の反訴請求は、被控訴人の離婚請求が理由がなく婚姻が継続されることを前提として、控訴人が一郎を伴い被控訴人と別居した昭和三五年四月以降同四五年三月(但し昭和三八年二月から一〇月までの途中同居した期間九ヶ月を除く)までの一一一ヶ月間の一郎の養育費のうち被控訴人が負担すべき金八三万三五六円を控訴人が立替負担したことを理由とする右立替金、および昭和四五年四月以降一郎が成年に達する同五二年一〇月二六日までの間控訴人が右と同様に被控訴人の負担すべき一郎の養育費を立替支払するものとして、右期間中の一ヶ月金七、七九六円宛の立替を必要とする金員をそれぞれ被控訴人に対し請求するものであり、右請求は、控訴人において被控訴人に対し民法第七六〇条にもとづき婚姻費用の分担として右立替金ないしは将来立替を必要とする金員の支払を求めるものであると解すべきところ、人事訴訟手続法において離婚の訴につき右のような請求を反訴として提起することを許した規定がないから、右請求については不適法として却下(離婚費用の分担については家庭裁判所が専権を有する)すべきものである。なお、同法第一五条の規定は、本来家庭裁判所の審判事項であるが、離婚に必然的に付随しかつ判断の対象が離婚原因の判断と密接不可分の関係にある事項について特に通常裁判所が決定することを認めた趣旨と解すべきであるから、右請求のように婚姻関係の存続を前提としたものにまで右規定を類推することは許されないと解する。次に控訴人の予備的反訴は、被控訴人の離婚請求が認容されることを前提として被控訴人に対し離婚に伴う財産分与および慰藉料の請求をなすものであり、前者は同法第一五条により、後者は同法第七条によりいずれも離婚の訴に対し反訴として提起できるものであること明らかであるから、右予備的反訴の却下を求める被控訴人の主張は理由がない。

三、控訴人は予備的反訴として被控訴人に対し財産分与および慰藉料の請求をするので検討する。控訴人と被控訴人の夫婦が性格的な不調和に加えて互に円満な夫婦共同生活を築く努力に欠けた結果、現在においては双方共夫婦としての相互的愛情や信頼を喪失して婚姻関係が破綻に陥り、しかも、その破綻の原因がいずれによるかについては一概に決め難く、その有責の程度はほとんど同一と考えられ、従って、控訴人と被控訴人とは離婚するのが相当であって、被控訴人の本訴離婚請求が正当として認容さるべきことは前(原判決の)認定のとおりである。してみると、離婚関係の破綻が控訴人および被控訴人双方の責によって生じ、その責のいずれを重いとすることができないのであるから、控訴人において被控訴人に対し離婚するのやむなきに至らしめた不法行為者としての責を問うことはできないものというべきである。従って控訴人の予備的反訴請求中被控訴人に対し慰藉料の支払を求める部分は失当であるといわねばならない。

そこで、次に控訴人の財産分与の請求について案ずるに、≪証拠省略≫によれば、控訴人は被控訴人と別居後控訴人の実家の家業を手伝い、現在では一ヶ月金三万円位の収入を得ているが、一郎と二人の生計について足らないところは当初から実家の補助を受けている状態であること、又被控訴人は愛知県に転居後会社に勤務して現在一ヶ月金一〇万円位の収入を得て生活しているが、控訴人と婚姻する以前はもとよりその後も夫婦の協力によりとりたてて取得した財産もないので、格別財産を有しない状況にあることが認められ、これらの事実に前(原判決の)認定のように控訴人と被控訴人との婚姻生活が破綻するに至った経緯その他本件記録に表われた一切の事情を考慮すれば、被控訴人が控訴人との離婚により分与すべき財産としては金八〇万円をもって相当と認める。してみると、被控訴人は控訴人に対し財産分与として金八〇万円を支払う義務があるものといわねばならない。

四、よって、原判決は正当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴人の立替金についての反訴請求を却下し、控訴人の予備的反訴に基づき被控訴人は控訴人に対し財産分与として金八〇万円を支払うものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九二条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。なお、離婚の訴に附帯してなされる財産分与の申立はその性質が訴ではなく非訟事件であって、裁判所は当事者の申立に拘束されるものでないから、控訴人の財産分与請求のうち右認容額を超える部分につき主文において特に請求棄却の言渡をしない。

(裁判長裁判官 布谷憲治 裁判官 福田健次 豊島利夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例